ある夏休みのこと。
A男の先輩の一人が「なあ、俺の田舎に知る人ぞ知るって感じの所があるらしいんだけど、行ってみないか?」と言い出した。

その先輩の話では、なんでもとある山奥に有機栽培をしている農家が集まってできた村があって、その村では取れたての野菜を使った食事を振るまってくれるのだとか。

先輩のお目当てはそこで売られている手作りのパン。親戚がそこに行ったときのお土産としてもらったらしいのだが、物凄く美味しかったのだという。

「たまにはそんなのもいいかも」ということで、休みに入ってすぐにA男たちはそこに向かった。

山奥とはいっても最寄の駅から2時間ほど歩けば着く。
「腹が減ってた方が飯が美味いしな」なんて言いながら、ハイキング気分で皆と歩き出した。
夏のじりじりとした暑さの中、蝉の声を聞きながら彼らは山を登って行った。

1時間程した頃、道の向こうに人影が見えた。
「村の人かな?」
「すいませーん、ちょっといいですかー?」
A男らが声をかけると、その人はにこにこしながらこっちに歩いてきた。

頭をつるつるに剃り上げたおじさんで、山仕事のためなのだろう。夏だというのに厚手の長袖を着ていた。

これも山仕事で鍛えられたのであろう筋肉のついた身体が、服の上からでも見て取れた。

「俺達○○村に行きたいんですけど、こっちの方でいいんですよね?」

先輩がそう声をかけると、おじさんはにこにこしながらうなずいた。日焼けして浅黒い肌に、鼻の頭が赤くなっている。

「よかった。実は俺達、その村のパンを食べに…」
そこまで言った時だった。そのおじさんは、いきなり自分の頭を拳で叩き割った。

どろり、と流れ出る中身。その色が真っ黒だったのを、A男はなぜか冷静に観察していた。他の仲間も何が起こったのかよく認識できていないようで、皆そのまま立ち尽くしていた。

しかし、そのおじさんが頭の破片を手に持ち、崩れた顔でにこにこしながらこちらに差し出してきた時、誰かがやっと悲鳴を上げた。
「ギャーーーーッ!!」
その声をきっかけにA男たちは一斉に逃げ出した。

数メートル走ったところで振り返ると、A男の後輩の一人がまだあのおじさんの前に立ちすくんでいる。

おじさんは頭の破片を彼の口元に近づけ…。

「馬鹿! 逃げるぞ!」
A男は急いで後輩の所まで戻ると、手を引っ張って山道を駆け下りた。

その後、駅まで戻って話を聞いてみたが、その山では何の事件も起こっていないし、幽霊が出るような噂もないという。

逆に山菜採りなんかで迷った人が近くの村や町で見つかるということが何件かあり、「あの山には神様がいる」「山の神様に助けられた」なんて話があるくらいだとか。

A男たちは釈然としなかったが、その村に行く気も失せてしまったので、駅前の食堂で飯を食べるとその地を後にした。

帰りの電車の中で、あの時立ちすくんでいた後輩が突然話し出した。
「あの時、俺動けなかったんじゃないんですよ。カメラ持ってたんで、写真撮ってやろうと思って・・・。」
なんとも肝っ玉のず太い奴だ。

「多分ちゃんと撮れたと思うんで、帰ったら家ですぐ現像してみますね」
彼は写真が趣味で、家に簡単な暗室があった。そう言って別れたのだが、それが生きている彼を見た最後だった。

彼は暗室の中で死んでいたのを家族に発見された。死因は心臓発作だったが、どうも例の写真を現像中だったらしい。発見された死体は現像した写真を握り締めていたそうだ。

その写真は、遺族が怖がるのでA男が引き取ることになった。A男は恐る恐る写真を見た。

バッチリ写っていた。

自分の頭の破片を差し出しながら、にこにこしているあのおじさんが。