男は2階建てのアパートに住んでいるのだが、ここ1ヶ月くらい前から隣の部屋に女が毎日来ている。

時間は決まって深夜で、男がちょうど眠りにつく頃に、階段を上るカンカンというヒールの音が聞こえてくる。

毎日必ず女が訪ねてくることを羨ましいと思う反面、眠りをジャマされることに苛立ちを感じていたのだが、ふとおかしなことに気づいた。

その足音は自分の部屋を通りすぎていくのだ。
2階の一番奥の、男の部屋を…。

おかしいと思い始めてから1週間ほど、足音はやはり男の部屋を通り越していた。しかし、あるとき足音が男の部屋の前でウロウロ行ったり来たりし始めたのだ。

毎晩、その足音が聞こえるたびに怖くて目が覚めた。それでも毎日仕事で疲れ切っていて、知らぬ間に眠りについて朝になる。朝、もちろん家の前には誰もいない。

しかし、この間恐ろしいことがあった。その足音が男の部屋に入って来たのだ。

いつものように部屋の前をウロウロしている足音が聞こえていたのだが、ふとドアの前で足音が止まったのだ。

男の心臓はバクバクしていた。
今まで部屋の前で立ち止まったことはない。

「これはヤバイ!」
そう思ったとき、急に身動きできなくなった。
そして次の瞬間、なんと足音が部屋の中に入って来た。

もちろん、鍵もチェーンもかけていて、ドアを開けて入ってきたのではない。だけど、確かに人の気配が部屋の中でするのだ。

足音はさらに部屋の中へと、男のいるところへ近づいてきた。
コツ…コツ…

男は目を瞑ったまま体育座りをして動くことができない。その足音はゆっくりと何かを探すように、ウロウロしている。

震えている男の耳元で声がした。

「ここにもない…」

その直後、男は意識を失ってしまった。翌朝、目が覚めて昨夜の恐怖を思い出していた。
「夢だったのかもしれない。きっと夢だ。疲れていたからな…」
そう自分に思い込ませるしかなかった。

しかし、水を飲みに行こうと台所へ行ったとき、あれは夢でなかったことを悟った。

床には無数の足跡が残っていたのだ。